社員インタビュー

20年間、
揚州商人ひと筋。
同じ志を持つ仲間と、
夢を追いかけていく。
菅澤 浩太
イオンスタイル碑文谷店・店長

18歳。
兄のスーツを借りて、飛び込んだ入社式。

社長の三好とは中学時代からの友人です。コネ入社だ、といまだに周りからからかわれます(笑)。二人ともサッカー部で、中学2年の時にクラスが一緒で意気投合。人を笑かすのが大好きで、楽しいことが大好きでしたから、よく二人でおちゃらけてました。高校は別でも、いつも一緒に遊んでいて、部活の引退後は毎日のように三好家に。当時は、ただの仲の良い友達でしたから、揚州商人を経営していることも知りませんでした。高校卒業後、就職の道を選びながらも、バイト先の焼肉店にそのまま勤めるか迷っていたとき、当時社長だった三好のお父さん(現会長)から「うちに来ないか」とお声がけいただきまして。揚州商人で働くことを決めました。三好家の言うことなら間違いない、と思ったんですよね。3月も終わりの頃で、入社式は2、3日後。母に背中を押してもらい、兄のスーツを着て入社式に出ました。右も左もわからずに、ノリで来たという感じです。社会人という認識もないまま働き始めた僕を、叱咤激励しながら、厳しくも優しく教えてくれた先輩方には本当に感謝しかありません。18歳から働いて、今年で20年目になります。

オープンが待ち遠しいのは、
お客様も一緒だった。

20年間、すべての店舗に思い入れがありますが、特に心に残っているのは流山おおたかの森店のオープニング。3年前、コロナ禍で人も揃わず、お客様が来てくれるかも不安でした。会社としても「この時期になぜ店舗を開けるんだ」という声があり、失敗できないプレッシャーもありました。でも徐々にスタッフが増えてくると、楽しみの方が勝って、早くオープンしたい!と待ち遠しかった。いざ迎えた初日は、びっくりするくらいのお客様に来ていただけました。オープン日を楽しみに「待ってたよ」と声をかけてくれるお客様や「ここにも揚州商人ができたんだ!」と喜んでくれるお客様。ああ、この仕事をやっていてよかったなあと、お客様のありがたみが身に沁みました。

いま勤めているイオンスタイル碑文谷店は、最長滞在店舗です。来た当初は、高級住宅街ということもあり、募集しても人が来なくて、定着も難しい店舗でした。オープニングからずっと働いてくれている副店長の二人に助けられながら、少しずつ人を増やし、「明楽喜」の教えのもと働きやすい環境を整えました。せっかく縁あって働いてくれる仲間ですから、大事に育てたかった。徐々に新しい仲間も力をつけてくれて、ついに昨年のハートフルホームアワード(当時は「ありがとうアワード」)では、なんと・・全店2位を獲得しました!全店舗から選ばれて表彰をいただけて、メンバーも「うちの店舗が!?」と、驚きながらも喜んでくれたことが嬉しかったですね。

「この人たちと一緒にやっていきたい」
だから、踏ん張れた20年間。

僕は、揚州商人以外の飲食店を知りません。でも、お客様を真剣に大切にする、同じくらい従業員を大切にすることが、揚州商人の強みだと思います。「お客様のために、ひいては働くみんなのために」という教えがあるので、理不尽に怒るような人は一人もいない。指導一つとっても筋が通っていて「何のために」ということが必ずある。仲間がいたから、僕も頑張れたのだと思います。もう一つ、個人的に大事にしているのは「感謝の気持ちは形で表す」こと。これは、入社当時の副社長だった三好社長のお母さんが教えてくれました。本当にこの言葉を体現されていた、太陽のような方でした。感謝の気持ちを持って、目の前のお客様にどうしたら笑顔で帰っていただけるかをいつも自然に考えていた。それを見て、僕も自然に身についた気がします。いま一緒に働く仲間にも「いつもありがとう」と伝えるだけでなく、みんなで飲みに行ってご飯をご馳走したり、大事にしたい想いを形で表すようにしています。

揚州商人は、この10年間で100店舗を目指しています。すばらしい夢で、僕も絶対に達成してやろうという気持ちです。100店舗の中で、福島にも出来たらいいですね。祖父母が住んでいるので、こんなにすばらしいお店があるんだよと連れていきたい。海外出店も見据えていますから、僕も夢の先駆けとなるような、立派な店長になりたいなと思います。